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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)133号 判決

原告 アイワ株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は、「特許庁が昭和五三年審判第一四一七三号事件について昭和五五年三月一五日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文と同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

(原告)

請求原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「テープ記録再生装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき昭和四三年一二月三〇日実用新案登録出願(同日の特許出願を昭和四八年五月二八日実用新案登録出願に変更したもの)をし、昭和五一年一〇月二三日出願公告がされたが、その後松下電器産業株式会社外一名より実用新案登録異議の申立があり、昭和五二年七月一日手続補正をした。右手続補正は昭和五三年七月三日却下され、同日本願考案の登録出願について拒絶査定を受けた。そこで、原告は、同年九月二一日審判を請求し、この請求は昭和五三年審判第一四一七三号事件として審理されたが、昭和五五年三月一五日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年四月一四日原告に送達された。

二  本願考案の要旨

1 手続補正前のもの

巻取軸のプーリと送出軸のプーリから間隔をおいて設けられ互いに反対方向に回転する第一、第二フライホイールと、前記第一フライホイールと巻取軸のプーリ間及び前記第二フライホイールと送出軸のプーリ間にそれぞれ位置し、これらフライホイールの回転を前記プーリに伝達する離脱可能に設けられたアイドラと、一方のフライホイールとプーリ間に前記アイドラの一方が係合するときは他方のアイドラは離れるように制御する前記二つのプーリを結ぶ線と平行に移動可能な操作板と、この操作板の前記移動を電気的な信号により行なう作動子とを有することを特徴とするテープ記録再生装置。(別紙図面参照)

2 手続補正後のもの(傍線は補正個所を示す。)

巻取軸のプーリと送出軸のプーリから間隔をおいて固定フレームに設けられ互いに反対方向に回転する第一、第二フライホイールと、前記第一フライホイールと巻取軸のプーリ間及び前記第二フライホイールと送出軸のプーリ間にそれぞれ位置し、これらフライホイールの回転を前記プーリに伝達する離脱可能に設けられたアイドラと、一方のフライホイールとプーリ間に前記アイドラの一方が係合するときは他方のアイドラはこのアイドラに臨ませて配設された前記フライホイールとプーリとの両者から離れるように制御する前記二つのプーリを結ぶ線と平行に移動可能な操作板と、この操作板の前記移動を電気的な信号により行なう作動子とを有することを特徴とするテープ記録再生装置。

三  審決の理由の要点

手続補正後の本願考案の要旨は前項2に記載のとおりのものである。

ところで、特許庁において実用新案登録異議申立人(松下電器産業株式会社)から提出されたベルギー国特許第七〇〇五八六号明細書の複写物(本訴甲第三号証、以下「引用例」という。)については、

〈1〉 日本技術貿易株式会社には、昭和四三年五月二五日に整理番号一二四〇〇、M三〇で、松下電器産業特許部中尾(粟野)よりベルギーの「一九六七年一・一~一九六八現在までのSTAAR Socié

〈2〉 それが同年六月一一日、二〇日、七月九日に発注先より到着した旨の受注台帳が存在し、

〈3〉 また、引用例は、STAAR SOCIETE ANONYMEを出願人とした一九六七年六月二七日の出願であつて、注文された特許明細書に含まれるものであることが明らかである

から、特許庁において引用例の公知性の立証の根拠とされた日本技術貿易株式会社作成名義の証明書(本訴甲第四号証の二)は、十分信頼するに足りるものと認められ、それ故、引用例は、本願考案の登録出願前より公知であつたと認める。

そこで、手続補正後の本願考案と引用例記載のものとを比較すると、手続補正後の本願考案は、引用例及び周知例よりきわめて容易に考案をすることができたものと認められるので、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができないものである。したがつて、右手続補正は却下すべきものである。

以上のとおりであるから、本願考案の要旨は、前記二の1に記載のとおりのものというべきである。

ところで、右本願考案の要旨を減縮したものである前記二の2の考案が、既述のとおり、引用例及び周知例に示される考案に基いて当業者がきわめて容易に考案できるものであるから、右本願考案も、同様の理由で、引用例及び周知例に示される考案に基いて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められる。したがつて、本願考案は、実用新案法第三条第二項の規定によつて実用新案登録を受けることができない。

四  審決の取消事由

1 審決は、引用例が公知であつたか否かについての認定を誤つている。

(一) 証明書(甲第四号証の二)について

審決が、引用例をもつて本願考案の登録出願当時既に公知であつたと認定した根拠は日本技術貿易株式会社作成名義の昭和五二年一一月四日付証明書(甲第四号証の二)である。

右証明書は、「東京都千代田区霞が関三丁目二番五号霞が関ビル三二階」に本店を有する「日本技術貿易株式会社代表取締役社長島田正夫」が、「日本技術貿易株式会社は、松下電器産業株式会社に、ベルギー国特許第七〇〇五八六号明細書の複写物を昭和四三年六月二〇日付で納品した。」との事項を証明したものである。

しかしながら、右の「日本技術貿易株式会社は昭和五〇年一〇月一日に設立された会社であつて(甲第七号証)、その設立以前の「昭和四三年六月二〇日付納品」の事項を証明しうる立場にないものである。

したがつて、かかる証明書を根拠として、引用例の公知性を肯認した審決の認定は誤りである。

(二) 受注及び受注台帳の存在について

審決が、前記証明書を信頼できるものとした根拠は、引用例を含む特許明細書の注文を前記日本技術貿易株式会社が昭和四三年五月二五日付で受注したこと及び右特許明細書が昭和四三年六月一一日、二〇日、七月九日に発注先から到着した旨の受注台帳の存在することが認められるということである。

しかしながら、右日本技術貿易株式会社は、前述のように、昭和五〇年一〇月一日に設立された会社であるから、その設立以前に、右のような受注をしたり、発注先から到着した旨の受注台帳が存在したりするはずはない。

したがつて、前記証明書を根拠として、引用例の公知性を肯認した審決の判断は誤りである。

(三) 被告は、右日本技術貿易株式会社が、昭和三四年一一月二八日に日本技術貿易株式会社として設立され、昭和五〇年一〇月一日にその商号を泰信貿易株式会社と変更した会社(以下これを「旧会社」という。)から書籍、特許文献の輸出入及び国内販売並にこれに付帯する一切の業務を引継いでいると主張するが、右業務を引継いだとする営業譲渡もしくは吸収合併の法定の手続が採られている事実は存しないから、被告の右主張事実は認めることができない。

(四) 原告の調査によれば、一九六七年一月一日~一九六八年現在(同年五月当時)までのSTAAR SOCIETE ANONYMEを出願人とするベルギー特許明細書は、甲第四号証の一に記載されている四件のみである。しかしながら、甲第八号証の二には、昭和四三年七月九日にも、上記期間に上記出願人によるベルギー特許明細書があつたとして、これが仕入れされたことになつている。したがつて、甲第四号証の一と甲第八号証の二の書証は矛盾することになる。

2 審決は、実用新案法第一三条もしくは第四一条の規定によつて準用される次の特許法の各規定に違背している。

(一) 特許法第五六条の規定違反

本願考案の登録出願についての審査手続において、実用新案登録異議申立人・松下電器産業株式会社(以下「松下電産」という。)は、昭和五一年一二月二三日実用新案登録異議の申立を行ない、証拠として甲第三号証(引用例)を添付し、本願考案は右引用例に記載のものと同一であるか、少なくとも右引用例に記載の考案に基いてきわめて容易に考案をすることができたものである、と主張している。

その後、昭和五二年一一月七日になつて、右松下電産は弁駁書と題する書面を提出し、それに証拠方法として納品書・証明書(甲第四号証の一・二)を添付して提出し、これによつて甲第三号証の刊行物の公知性を主張、立証しようとした。

しかしながら、特許法第五六条の規定によれば、出願公告があつた日から二か月の期間経過後三〇日を経過した後は、特許異議申立書に記載した理由又は証拠の表示の補正をすることができないとされている。そして、本願考案の登録出願については、昭和五一年一〇月二三日に出願公告がされているのであるから、前記弁駁書及び納品書・証明書の提出は、所定期間経過後にされた違法のものであり、その主張、提出は法律上許されない。

しかるに、審決は、右主張、提出があつたものとして扱い、これに基いて引用例の公知性を認定しているから違法である。

(二) 特許法第五〇条の規定違反

前記納品書・証明書の提出が特許法第五六条に規定する期間経過後であるとしても、審査手続における拒絶査定の理由となる場合もあるが、その場合には、新たな拒絶理由であるから、特許庁は特許法第五〇条の規定に基づき、新たに拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない。

しかるに、特許庁は、右拒絶理由の通知をせず、出願人たる原告に相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えていないから、その審査手続は違法であり、これを看過した審決もまた違法である。

(三) 特許法第五九条、第一五〇条第五項の規定違反

特許法第五九条、第一五〇条第五項の規定によれば、異議申立の手続についても、職権で証拠調等については、その結果を当事者に通知し、相当の期間を指定して、意見を申立てる機会を与えなければならないものとされている。

しかるに、本件における特許庁の手続では、登録異議申立に対する決定謄本を原告(登録出願人)に送達すると同時に松下電産の前記弁駁書も送達されてきたものであり、この結果、松下電産の弁駁書に添付された納品書・証明書(甲第四号証の一・二)について証拠調をしながら、その結果を原告に通知せず、かつ、相当の期間を指定して意見を申立てる機会を与えることもしなかつたことになるので、異議申立の手続は違法であり、これを看過した審決もまた違法である。

(四) 特許法第一五〇条第五項の規定違反

原告は、特許庁における手続で、昭和五三年九月二一日審判を請求し、同年一〇月二〇日理由補正書を提出した。そこで、特許庁は新たに職権で受注台帳(甲第八号証の二)の証拠調を行い、昭和五五年三月一五日本件の審決をしている。

しかしながら、特許法第一五〇条第五項の規定によれば、審判の手続で新たに職権で証拠調を行つたときには、審判長は、その結果を当事者に通知し、相当の期間を指定して、意見を申立てる機会を与えなければならないとされているところ、右の手続は履践されていないから、審決には、その手続に違法がある。

(被告)

請求原因の認否と主張

一  請求原因一ないし同三の事実は認める。

二  同四の主張について

1 原告は、引用例が本願考案の登録出願当時公知であつたとの審決の認定は誤りであると主張する。しかしながら、

(一) 日本技術貿易株式会社の閉鎖登記簿謄本(乙第一号証)により

日本技術貿易株式会社が昭和三四年一一月二八日東京都中央区日本橋室町三丁目一番地に設立され(以下、この会社を「旧会社」という。)、

同社がその本店を昭和三六年五月二八日同区銀座一丁目五番地に移転し、

更に、昭和四〇年四月二六日その本店を同区日本橋室町一丁目八番地に移転している、

ことが明らかであり、

(二) 昭和五一年三月二七日閉鎖された泰信貿易株式会社の商号、資本欄の用紙の謄本(乙第二号証)により

旧会社が、昭和四三年四月一五日前記(一)の本店所在地東京都中央区日本橋室町一丁目八番地を同都千代田区霞が関三丁目二番五号に変更し、

更に、昭和五〇年一〇月一日その本店所在地を同区永田町一丁目一一番二八号に変更し、かつ、同日、その商号を「泰信貿易株式会社」に変更した、

ことが明らかであり、

(三) 昭和五〇年一〇月一日閉鎖した旧会社の目的欄の用紙の謄本(乙第三号証)により

旧会社が前記(二)の、東京都千代田区永田町一丁目一一番二八号に本店を移転したときの同社の会社設立の目的、「書籍、特許文献、工業薬品、香料、食品、一般雑貨の輸出入及び国内販売、右に附帯する一切の業務」が明らかであり、

(四) 昭和五〇年一二月五日閉鎖された泰信貿易株式会社(すなわち旧会社)の目的欄の用紙の謄本(乙第四号証)により

旧会社を商号変更した泰信貿易株式会社の会社設立の目的が、前記(三)の、旧会社の会社設立の目的のうち、「書籍、特許文献の輸出入、国内販売、これに附帯する一切の業務」の部分が除かれていることが明らかであり、

(五) 日本技術貿易株式会社の登記簿謄本(乙第五号証)により

前記(二)の、旧会社から泰信貿易株式会社への商号変更及び本店所在地の変更と同じ日(昭和五〇年一〇月一日)に、東京都千代田区霞が関三丁目二番五号に本店をおく日本技術貿易株式会社が設立され(以下、この会社を「新会社」という。)、

同社の会社設立の目的が、旧会社が扱つてきていて、しかも、泰信貿易株式会社の会社設立の目的から除外されていた「書籍、特許文献の輸出入及び国内販売、これに附帯する一切の業務」である、

ことが明らかである。

以上の諸事実から

(一) 甲第四号証の二(証明書)の証明事項の時点においては当該住所に日本技術貿易株式会社(旧会社)が存在していたこと、

(二) 甲第四号証の二(証明書)の証明者である日本技術貿易株式会社(新会社)は、昭和五〇年一〇月一日に設立された会社であるが、事実上は、昭和三四年一一月二八日に設立された旧会社が、書籍、特許文献の輸出入及び国内販売並にこれに附帯する一切の業務を分離すると同時に、この分離した業務をその旧商号と同一の名称の会社を設立せしめるという形により、当該設立された会社に引き継いで行わしめているものとみることができる。

すなわち、旧会社がその業務内容中の「書籍、特許文献の輸出入及び国内販売並にこれに附帯する一切の業務」を新会社にそのまま引継いだものであることが判るのである。

以上のとおりであるから、甲第四号証の二(証明書)の成立及び内容を信頼できるものとして、これを根拠に引用例(甲第三号証)の公知性を認定した審決の判断に誤りはない。

2 実用新案法の規定で準用する特許法の各規定違反の主張について

(一) その(一)の主張について

実用新案登録出願に係る考案が刊行物に記載された考案に基いてきわめて容易に考案をすることができたものであるとする場合、その考案と比較するべき内容をもつた刊行物の存在自体が前提であるのは当然であり、それが当該出願前に頒布されたものであるか否かは、当該刊行物自体に附随する問題である。

したがつて、出願に係る考案が実用新案法第三条第二項の規定に該当するものであるとの理由により登録異議の申立をするに当つても、その証拠としては、当該刊行物又は、その複写物を表示、提出すれば足り、それが出願前に頒布されたものであることは、それが問題とされた時点において立証すればよいことであり、これを立証するための証拠を予め表示、提出しておくことは必要でない。

本件においては、実用新案登録異議の申立に対する答弁書において引用例の公知性が問題とされたので、その時点で納品書・証明書(甲第四号証の一・二)が提出されたものであるから、その提出はもとより適法であり、これを根拠に引用例の公知性を認定した審決を違法とすることはできない。

(二) その(二)及び(三)の主張について

本件の審決における異議申立の手続について、特許法第一五〇条第五項の規定に違反する点があつたことは認めるが、その余の主張は争う。

審判においては、審査における審理を見直す一面もあるが、その結果、たとえ審査における手続に誤りがあつたとしても、拒絶査定が維持できれば、これを取消すことなく、審判において結論を出すことができるものである。

これを本件についてみれば、原告は、審判請求時に、実用新案登録異議申立人・松下電産が審査において提出した納品書・証明書(甲第四号証の一・二)について意見を述べているのであり、結局、これについて意見を申立てる機会が与えられたと同様の結果となつている。

したがつて、審査における登録異議の手続に違法の点があつたとしても、審判の審理において、当該納品書・証明書について意見が述べられ、この意見をも検討審理されている以上、右手続違背の点は実質的に解消されているということができるから、審査でした拒絶査定を取消すことなく、「請求は成り立たない。」とした審決に違法はない。

(三) その(四)の主張について

特許法第一五〇条第五項の規定により証拠調の結果を当事者に通知しなければならないのは、審査手続において証拠調をした証拠及び拒絶理由通知で出願人に示した文献以外の証拠について審判において職権で証拠調をした場合に限ると解せられる。

ところで、本件において、審判で行なつた証拠調は、審査における実用新案登録異議申立の手続において既に提出されていた証明書(甲第四号証の二)の信憑性について調査したものであつて、審決は、審査における拒絶査定の理由と同じく、出願に係る考案が右証明書によつてその出願前に公知であつたと認められる引用例に記載された考案及び周知技術に基いてきわめて容易に考案をすることができたものであるという理由によつて拒絶すべきものであるとしたのであるから、原告主張のような違法の点は存しない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因一ないし同三の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。

1  原告は、審決が引用例の公知性についてした認定は誤りであると主張する。

成立に争いのない甲第三号証、証人島田正夫の証言により昭和四三年六月二〇日当時東京都千代田区霞が関三丁目二番五号に本店の所在地を定めていた日本技術貿易株式会社(旧会社)が作成したものと認められる甲第四号証の一、成立に争いのない甲第四号証の二、同第七号証、同第八号証の一・二、同乙第一号証ないし第五号証並びに証人島田正夫の証言を総合すれば、引用例のベルギー国特許第七〇〇五八六号明細書の複写物(甲第三号証)は、昭和三四年一一月二八日に設立され昭和四三年四月一五日から本店の所在地を東京都千代田区霞が関三丁目二番五号としていた日本技術貿易株式会社(旧会社)によつて昭和四三年六月一一日もしくは同月二〇日に輸入され、同月二〇日頃同会社から松下電器産業株式会社に販売のため納付されたことが認められる。

そうすれば、右引用例が本願考案の登録出願(出願日は昭和四三年一二月三〇日)前に日本国内において頒布せられたる刊行物に該当することは明らかであるから、審決の認定に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

原告は、甲第四号証の二の作成者たる日本技術貿易株式会社は昭和五〇年一〇月一日に設立された会社であつて、その設立以前の「昭和四三年六月二〇日付納品」の事項を証明しうる立場にないものであるから、その記載内容は信用することはできない旨主張するけれども、前掲乙第一号証ないし第五号証、甲第四号証の一、第八号証の二及び証人島田正夫の証言並びに弁論の全趣旨によれば、昭和四三年六月二〇日当時には、東京都千代田区霞が関三丁目二番五号を本店の所在地とする日本技術貿易株式会社(旧会社)が存在し、同会社において甲第四号証の一(納品書)、第八号証の二(受注台帳)を作成していたものであり、昭和五二年一一月四日日本技術貿易株式会社(新会社)が甲第四号証の二(証明書)を作成するに当つては、同会社の代表取締役であつて、日本技術貿易株式会社の右旧会社の設立に当つては発起人であり、以来、その取締役、営業部長、経理部長、特許部長等を歴任して来た島田正夫が会社に保管されていた甲第四号証の一、第八号証の二の記載及び旧会社の昭和四三年六月当時から引続いて新会社に在職していた宮越洋二(昭和五二年一一月四日当時新会社の特許課長代理)の報告に基いて、その証明事項を確認の上、これを作成していることが認められるので、原告の右主張は採用できない。

次に、原告は、日本技術貿易株式会社は前記のように昭和五〇年一〇月一日に設立された会社であるから、その設立以前に受注及び受注台帳が存在するはずはない旨主張するけれども、既述のとおり、昭和四三年六月二〇日当時には、既に昭和三四年一一月二八日に設立され、昭和四三年四月一五日からは、本店の所在地を東京都千代田区霞が関三丁目二番五号におく日本技術貿易株式会社(旧会社)が存在し、同会社が受注し、受注台帳を作成していたことが認められるから、原告の右主張は採用できない。

更に、原告は、甲第四号証の二(証明書)を作成した日本技術貿易株式会社(新会社)が旧会社の業務を引継いだとする営業譲渡もしくは吸収合併の法定の手続が採られている事実は存しないから、被告の主張事実は肯認できず、したがつて、甲第四号証の二の記載内容は措信できない旨主張するけれども、証人島田正夫の証言によれば、新会社は旧会社から所要の営業の承継をしていることが認められ、たとえ、右営業の承継が法定の手続を経ていないとしても、それによつて、さきに認定の、引用例たるベルギー特許明細書複写物の輸入及び販売のための納付の事実関係そのものが左右されるべきものではないから、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、甲第四号証の一と甲第八号証の二の書証は矛盾する旨主張するけれども、甲第八号証の二に記載されている「到着日七月九日」のものが本件の引用例、すなわち、ベルギー国特許第七〇〇五八六号明細書の複写物であることを認めるに足りる証拠はないから、その主張は、採用することができない。

2  原告は、審決が実用新案法の規定において準用する特許法の各規定に違背していると主張する。

(一)  その(一)の主張について

原告は、本件に係る特許庁における登録異議申立の手続において、実用新案登録異議申立人・松下電産が昭和五二年一一月七日になつて提出した実用新案登録異議弁駁書及び納品書・証明書(甲第四号証の一・二)は、特許法第五六条に規定する期間経過後に提出されたものであるから、違法であり、法律上無効のものとして扱われるべきである、と主張する。

よつて検討するに、原告の自認する事実関係によれば、右松下電産は昭和五一年一二月二三日実用新案登録異議の申立を行ない、証拠として甲第三号証(引用例)を表示、添付しており、その異議事由としては、本願考案が、先行技術たる引用例に記載のものと同一であるか、少なくとも右引用例に記載のものに基いてきわめて容易に考案をすることができたものであるというのであつた。そして、昭和五二年一一月七日になつて右松下電産が提出した前記弁駁書と納品書・証明書(甲第四号証の一・二)は、これによつて、甲第三号証の刊行物の公知性を主張、立証しようとするものであつた、というのである。

しかしながら、実用新案登録異議申立人が当初の異議申立書においてした異議事由の主張、すなわち、本願考案が先行技術たる引用例(甲第三号証)に記載のものと同一であるか、少なくとも右引用例に記載のものに基いてきわめて容易に考案をすることができたものであるとの主張には、当然、右引用例が公知性を有するものであるとの主張を包含していると解されるし、実用新案法第一三条、第四一条により準用される特許法第五九条、第一五〇条第一項の規定によれば、実用新案登録異議申立の審査においても、証拠調について職権主義が採用されていることは明らかであつて、同法第五六条に規定する期間の経過後に右異議申立人から提出された証拠であつても、職権により、これを審査の資料とすることに妨げはないのであるから、原告の主張は理由がない。

(二)  原告は、審査手続で提出された納品書・証明書(甲第四号証の一・二)は新たな拒絶理由となるものであるから、特許法第五〇条の規定によつて、これを出願人に通知しなければならないと主張する。

しかしながら、出願に係る考案が、既存の特定の刊行物(本件では甲第三号証)に記載されている考案に基いてきわめて容易に考案をすることができたものであることを理由として、出願拒絶の査定をする場合、その理由の中には、当然、当該刊行物が公知性を備えたものであることも包含されていると解すべきものであり、そのほかに、当該刊行物が公知性を備えていること自体が、新たな別個の拒絶理由となると解すべきものではないから、原告の主張は理由がない。

(三)  その(三)の主張について

原告は、実用新案登録異議申立の審査において、納品書・証明書(甲第四号証の一・二)の証拠調をしながら、その結果を出願人たる原告に通知していないのは、特許法第五九条、第一五〇条第五項の規定に違反し、違法であり、これを看過した審決もまた違法であると主張する。

右異議申立の審査において原告主張の瑕疵が存することは被告もこれを認めているところである。

しかしながら、拒絶査定に対する審判においては、原査定がなお維持できるかどうかを続審として審理するのであり、その審判手続においては新たな証拠をも補充して右の当否を決定することができるのであるから、たとえ異議申立の審査における個々の証拠調の手続に原告主張のような瑕疵が存したとしても、審判において当該証拠を必要と認めるときは、その証拠について、適法な証拠調をして、原査定を維持できるかどうかの判断をすれば足りるのであつて、審査における証拠調についての瑕疵が直ちに審決を取消すべき違法事由となるものではないと解するのが相当である。よつて、原告の主張は理由がない。

(四)  その(四)の主張について

原告は、審判において職権で受注台帳(甲第八号証の二)の証拠調をしながら、その結果を当事者である原告に通知していないのは、特許法第一五〇条第五項の規定に違反し、違法である、と主張する。

審判において審判長が右の通知をしていないことは被告において明らかに争わないところである。そして、特許法第一五〇条第五項が、職権で証拠調をしたときは、その結果を当事者に通知しなければならない旨規定していることは原告指摘のとおりであるから、審決は、右の点において、証拠調の手続に法令違背の瑕疵を有するものというべきである。

しかしながら、審決に証拠調の手続上の瑕疵がある場合に、そのすべてが直ちに審決取消の事由になると即断することはできない。たしかに、特許法は、審判における証拠調についても慎重な手続を採用しており(同法第一五〇条、第一五一条)、そうすることによつて、審判の適正を図ると共に出願人、特許権者、その他の利害関係人の権利を保障しようとしているものであるが、他方、同法が、審決に対する不服申立については東京高等裁判所に直ちに出訴せしめることとして裁判所の一審を省略し紛争の早期解決を図ろうとしていること及び右高等裁判所が事実審裁判所であることを考えると、審判における証拠調の手続上の瑕疵が審決取消事由となるのは、その瑕疵が、審判の適正及び出願人、特許権者、その他の利害関係人の権利保障の観点からみて重大な瑕疵である場合に限られると解すべきである。

これを本件についてみると、その瑕疵は、審判において職権で受注台帳(甲第八号証の二)の証拠調をしながらその結果を当事者(出願人)である原告に通知していないというものであるが、右職権証拠調の結果は、既に審判に提出されていた刊行物(甲第三号証)の公知性の有無に関するものであるところ、成立に争いのない甲第一〇号証、第一一号証、前掲当事者間に争いのない審決の理由の要点(請求原因三、の項)並に前掲甲第八号証の二によれば、審判においては、右公知性の有無について、審判請求の当初から審判請求人(原告)の主張があり、右職権証拠調のされる以前にその点について既に納品書・証明書(甲第四号証の一、二)の証拠調が適法にされており、前記受注台帳(甲第八号証の二)の職権証拠調は右公知性の有無についてのそれまでの証拠調を補充したにすぎないものであることが認められるのであつて、かかる経過と内容からすれば、審判請求人(原告)としては、たとえ右職権証拠調の結果の通知がなくても、自らの判断でその結果ないしその程度のことを予期し対応することは当然に可能なことであつたというべく、不意打ちというにも当らないから、前記重大な瑕疵にはならないと解するのが相当である。

そうすれば、右の瑕疵を理由として審決の取消を求める原告の主張もまた理由がない。

三  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一 藤井俊彦 清野寛甫)

別紙図面

第1図

第2図

第3図

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